(その2からのつづき)
遣太は車を賀来町のほうへむけて走っていた。
通勤時間帯ではあったが、郊外へむかう車は比較的少なく8時まえに病院へ着いてしまった。
案の定、病院はまだカーテンをしめていてまだ人の気配も無い。
玄関の案内を見ると9時の開院だ。
「チッ」「どうしようかなぁ」
車の乗り降りでも胸が痛むから、車に乗ったまま動きたくない。
「9時まで寝てようか」
そうおもいシートを傾けたとたん、強烈な痛みが胸を襲う。
痛みがだんだんひどくなるようだ。
ハンドルに手をのばして、つかまりながら片方の手で胸を押さえ、やっと起きた。
左手でハンドルをつかみながら、右手でシート・レバーを元に戻すとシートにもたれながら大きくため息をついた。
テレビで老人の介護のようすを見かけるが、今まさに自分が介護を必要とする状態だ。
目を閉じてやがて来るであろうその時のことを考えると、不覚にも涙がでてきた。
「いかん!」気を取り直して目を拭う。
動くと胸が痛むからそのままの状態で我慢した。
8時半になったころカーテンが開いた。
看護婦が開院の準備を始めている。
なんとか車から降りて、玄関へ向かう。
若い看護婦だ。可もなく不可もない顔をしている。
「もう始めますか」
遣太は腕をおろし痛みを隠した顔で声をかけた。
「診療は9時からなんですけど、受付はしますよ」
「これに住所と、お名前おねがいします」
もらった受付票に住所と名前を書く。
保険証の欄は国民健康保険にマルをつけた。
「怪我をされてるのは、胸ですか」
そう言われてから、無意識のうちに左手を胸に当てているのに気がついた。
「ええ、ちょっと転んで胸を打ったんです」
看護婦は受付表に書きだした。
おそらく受付表が問診表になっているのだろう。
「保険証おねがいします」
「今日持ってきてないので、実費でお払いします」
ほんとは持ってきてないのではなく、持ってないのだ。
保険料を滞納しているからもらってないなんていえるもんじゃない。
このあいだからパチンコで勝っていたから余裕があった。
昨夜引き出しにいれておいたお金を数えたら、20万貯まっていた。
2,3万くらいならなんとかだいじょうぶだ。
時計を見ると8時45分だ。
「あと15分か」
ゆっくり歩いていってロビーのソファーに倒れこんだ。
(つづく)
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