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JAZZとROCKが 三度のめしより好きな おっさんの戯れ言

ぷろふぃーる
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MUSIC FROM BIG PINK

まだまだ若いころ、The BANDは嫌いなバンドのひとつだった。


そのころはといえば、ZEPに代表されるギンギンのブリティッシュ・ロックにハマってたからだ。

そのころのアメリカン・ロックといえば、サンフランシスコを中心とした

バンド、サンタナやジェファーソン・エアプレイン、ジャニスなんか好きだったなぁ。


70年代も終わるころかな。

ニール・ヤングなんか聞き始めたころだっただろうか。

見覚えのあるアルバム・ジャケットに惹かれ聞いてみた。


高校のころフミヤの部屋で初めて聞いたときとは印象が全然ちがう。

C.S.N.Yとも違う。

すげぇ田舎ぽくて、ドロ臭い。

いままでは拒絶していたサウンドがなぜか心地よい。

「アイ・シャル・ビー・リリースト」はマイ・フェイヴァリト・ソングになってしまった。


ザ・バンドを好きになった訳は、なんだろう。

その当時の自己の精神状態か、ハード・ロックへのアンチ・テーゼだったのか、もう思い出せない。

たんなる年取ったオッサンになってしまったからだろうか?


そして注目するバンドは皮肉にも解散してしまっていた。
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毎週土曜日、TBSで放映される「世界・ふしぎ発見!

世界の歴史的な建物や史跡を紹介するので、ちょくちょく見ている(野々村真がウザいけど)


今日は1966年の、ビートルズ来日時のことが題材になっていたので観てしまった。

その中のクイズで、「その時に売り出された、ビートルズ・グッズで一番高かったものは?」

えっ!?何だろう。考えてみたが思いつくのは来日公演パンフレットくらい。

あと当時のものといえば・・・・公演のビデオとCDくらいだしなぁ。



公演パンフレット



答えはなんと・・・「ビートルズのカツラ」


へぇーそんなもの売ってたのか。

今じゃ珍しくもないロング・ヘアー(おいさんは中学2年生で丸坊主頭だった。)

当時、15,000円で売っていたらしい。

(現在、ロンドンのビートルズ・ショップでは800円くらいで買えるそうだ。)


この番組でお気に入りなのが、ミステリー・ハンターの竹内海南江さん。

テレビを通して感じる、礼儀正しさと落ち着いた物腰は民放のキャスターとしてはめずらしい。

(その5からのつづき)

あいかわらず、朝と夜が逆転した生活が続いていた。

一晩中CDを聞きながらテレビゲームに明け暮れる。

明け方に寝て夕方目が覚める。

ハラが減るとスーパーへ買出しに行く。

酒のつまみと夕食、それに明朝食べる分の弁当まで買いこんで帰る。

あちこち回るのはイヤだから一箇所で用を済ます。


ろくに部屋の掃除もせず怠惰な毎日を送っていた。


昼前に携帯が鳴った。

「石井ですけど」電話の声は石井だった。

「おう、めずらしいなぁ。」

「いやぁヒマで行くとこねぇし、大派さんとこに遊びに行こうと思ってね。」


石井の電話で今日が日曜日ということに気がついた。

「いやぁそれがさぁ、先々週にころんじゃって肋骨折っちゃったんだよ。」

「肋骨ぅ?入院したの?」


石井は前の派遣先の社員だから遣太の骨折を知らないのだ。

「いや、サポーター巻いてるだけ、だからウチでおとなしくしてんだ。」

「じゃぁずっと休んでるの?」

「うん」

「いいなー、でもあんまり休むとクビにならない?」


いやなことをいう奴だなぁ。

「そりゃ・・・ねえだろう。まっウチの社長じゃわかんねぇけどなぁ!」

「よくなったら電話スッからまた出て来いよ。」


遣太はそういってケータイを切ったが、内心引っかかるものがあった。

「細川のじいちゃんもケガか何かでクビになったっけ。」


(つづく)
あのキャラメル、そう田中義剛氏が運営する花畑牧場の生キャラメルのオファーが来ました。


ここ九州からはてのはて、北海道の十勝なんて遠いから生キャラメルはあきらめてました。

長生きはするもんだ。

遠くからでもネットで買える時代になっちゃった。



里田まいプロデュースのミルクプリンなんてのがあり2度ビックリ。


牧場にあるチーズ工房やスイーツ工房で造られた商品もありました。






The London Howlin’Wolf Sessions

1970年にハウリン・ウルフがヨーロッパ・ツアーした際に、ロンドンで録音された。

そしてこれを盛り上げん、とイギリスの大物アーティストがオリンピック・サウンド・スタジオに集結した。


まず、デレク&ザ・ドミノスを立ち上げたばかりのエリック・クラプトン

ブラインド・フェイスのあと、トラフィックに戻ったスティービー・ウィンウッド

ローリング・ストーンズからビル・ワイマンとチャーリー・ワッツ

そして「アイ・エイント・スーパースティシャス」一曲だけだが、ドラムのRichieことリンゴ・スターが参加している。


ビッグなプレーヤーばかり。

豪華絢爛とはこういうことをさすのだろうか。


ブルースという音楽のもとに、大物ミュージシャンたちが尊敬の念を払いながら、

ハウリン・ウルフのパワフルなボーカルを、バックから支えていたのである。


IT’S A BEAUTIFUL DAY


アルバムに針をおとした瞬間(アナログ的な表現だなぁ)、カリフォルニアを流れる爽やかな風を感じるのは、ロックにはあまりなじみの無いバイオリンのせいだろうか。


リーダーのデビッド・ラフレイム率いる、イッツ・ア・ビューティフル・デイ

クラシック畑からロックに転進したヴァイオリニストで、エキゾチックなエレクトリック・バイオリンをもちこんだ

サウンドがイッツ・ア・ビューティフル・デイの個性を造っている。

妻のリンダがキーボード、パティ・サントスがボーカルを担当と、

二人の女性の存在はジェファーソン・エアプレインのサウンドを思わせる。


彼らはその後4枚のアルバムを発表するが、このデビュー・アルバムを超えるものはない。

デビュー・アルバムで完全燃焼しちゃったのかな?

「ホワイト・バード」と「ア・ホット・サマー・デイ」の2曲は「フィルモア最後の日」でも演奏していたくらい彼らの代表曲だった。


余談だが「ボンベイ・コーリング」という曲はDeep・Purpleの「Child in Time」にそっくり。

どっちがパクったんだろう?


人生の節目となるいろいろな儀式のなかで、もっとも予告なしにやってくるもの、それがお葬式だ。

お葬式をするのに、平均で約231万円かかるらしい。

何に一番金がかかるか、それはお寺へのお布施と戒名にかかる費用だ。

院号や~居士~大姉など、50万、100万を越すのはざらだという。

まさに冥土の旅も金次第。

金がないと、お席はエコノミー・クラスどころか、主翼の上につかまっての旅立ちだ。

葬式費用を残しておかないと、うっかり死ぬこともままならない。


NHK大分のししまるTVという番組をみていたら、当地大分にタダで葬式をしてくれる坊さんが紹介されていた。

大分県日出町大神にある大法輪寺の住職、田口学法氏

別府湾を見下ろす高台にある寺も小粋なレストラン風で、とてもお寺には見えないが、氏もそれに劣らずユニークな坊さんだ。

金のない人にはタダでお経をあげてくれるという。

大阪中の寺へ母親の葬儀を頼んだがすべて断られて、ようやくこの寺へ納骨できた女性が出ていた。

金が無くとも人生最後の時に経をあげてくれる住職の理念には感服するものがある。

宗教創設時はこれが当たり前じゃなかったのか。


番組の中で棺おけも用意できなかった兄弟が、手作りの棺おけで葬儀をしていたが、

市営の葬祭場で経を唱え、死者を送る住職のすがたがとても印象的であった。



おいさんは乙津にある、永安寺に行くことになっているのだがお金を残しとかないと無縁仏になりかねない。


(その4からのつづき)

朝だろうが、夜中だろうが目が覚めれば起き、眠くなればそのままベッドにもぐりこむ。

ただ生きているだけの生活が続いている。


今日は水曜日。

転んだのが先週の金曜日だったからもう5日もたっている。

億劫だからフロにも入る気がしない。

なるべく胸に負担をかけないような動作をしていてもハラは減る

スーパー・マーケットへの買出しと、トイレが一番やっかいだ

最近のスーパーは24時間営業で都合がいいいつでも食い物がある。

スーパーではあまり他の客のそばを避けるようにして買い物をした。

シャワーを浴びていないことが気になったからだ。

レジも逃げるように支払いを済ませた。


胸の痛みをこらえて車に乗り、買い物をした袋を持って帰るのはとてもつら
い。

一人モンの切なさがこみ上げてくる



部屋へもどってもレジ袋を玄関に置いたまま、ソファに倒れこんだ。

なにもしたくない。


しばらく目を閉じたまま何も考えずにいたが、顔を動かしたとき自分の体臭が鼻についた。

「よし!」

意を決して立ち上がり、バス・ローブとタオルをもって風呂場へ向かった。


(つづく)

1960年代の半ば、イギリスにサーチャーズというバンドがあった。

中学生のときに買ったサーチャーズ



「ラブ・ポーションNO.9」と言う曲は日本でもそこそこ売れたのだが、

ビートルズやR・ストーンズらがアメリカ進出を果たす中、ヨーロッパ以外での評価は低かった。

そこでドラムをやっていたクリス・カーティス

ちょっと目新しいバンドをやろう、ということでクリスが声をかけたのが、ジョン・ロード

またギタリストとして候補に挙がったのがリッチー・ブラックモア

しばらくは集まってギグをやったり、バンドの構想を練ったりしたが、この組み合わせも長続きせずに自然消滅してしまった。


そしてC・カーティスもディープ・パープル誕生のまえに姿を消してしまった。


さて、ディープ・パープルの誕生秘話はおいといて、ブリティッシュ・ロックを語るにパープルの名前ははずせない。

数あるアルバムの中でおいさんが選ぶのはこれ、「イン・ロック」





アメリカのラッシュモア山をテーマにした印象的なジャケットもさることながら、彼らのターニング・ポイントとなったアルバムだ。

第2期ディープ・パープルとして収録された曲はいづれも名曲と呼ばれるヒット・ナンバーばかりだ。



これだけの実力をほこるバンドだが惜しいかなおいさんの中では評価がチト下がる。

リッチー・ブラックモアも出たり、入ったり。

デヴィッド・カヴァーデールもいたよなぁ。

こうメンバーが入れ替わるのもあまり好きじゃない。再結成というのもいただけないなぁ。


何度目の来日か覚えていないが、東京でのライブのときPAの調子がわるくて公演終了後も2,3日耳鳴りがしていた。

こりゃぁいかん!と自覚して、パープルの公演を最後にライブには行かなくなってしまった。

そんな、こんなで評価が低いのかなぁ。

ふだんあまり見ることのないTVの歌番組「ミュージック・ステーション」

チャンネルを変えようと思いつつも「昭和&平成・新国民的名曲ベスト100」なんてテロップに誘われて見てしまった

途中から観たのだが、発表される曲は知らない曲ばかり

何曲かは聴いたことのある曲があったが、改めてこんなにも浮世離れした生活をしていたのかと、思うことしばし

かといって、勉学に勤しんでいた訳ではないのになぁ


心配になったので、ナンバー1の発表まで見てしまった

    結果はスマップの「世界に一つだけの花」

    あーよかった、この曲は知ってるぞ


・・・・・・・・・非国民にならなくてよかった



「世界に一つだけの花」といえばこの曲の作者も反省し、ガンばってます。

彼のように才能(タレント)があれば、それを必要とする人はいます。

酒井法子さん、あなたの才能を待っている人はいるはずです!?

まだ先は長い・・・・・・



まったく余談だけれど、倉木麻衣ってすげぇキレイだね。

初めて知りました。
!!!???

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